7/8/20メルマガ第5号・金孝珍・取締役アジア担当インタビュー「韓国のラマン市場」

ナノフォトンの定時株主総会が6月19日に開かれ、新たな取締役(アジア担当)に韓国法人「Nanophoton Korea」代表取締役の金孝珍(キム・ヒョジン)氏を選任する議案が承認されました。金取締役は1959年生まれ。2016年のNanophoton Korea設立時からゼネラルマネジャーを務め、今年4月に代表取締役に就任しました。藤原健吾・取締役専務に、金取締役のインタビューをしていただきました。

──自己紹介をお願いします。

Zoomでのインタビューに答える金取締役

ソウル大学薬学部で学びましたが、薬の品質を調べる分光器やクロマトグラフィーなどの分析装置に興味を持ち、大学院は製剤分析の分野に進みました。さらに、この分野の知見を広げるため米オレゴン州立大に進学し、化学で博士号を取得しました。専攻を薬学から化学に変えたのは簡単ではありませんでした。

博士号を取得後に韓国に戻りました。博士課程で新しい分析装置の開発に取り組んでいたこともあり、1999年にポータブルNIR(近赤外)分光分析装置のベンチャー企業を設立しました。現代(ヒュンダイ)や韓国政府などから投資を受け、いくつかのプロジェクトは成功を収めました。しかし、ビジネスを広げるためにはグローバルに展開する必要があり、厳しい側面もありました。

そうした時、グローバル展開のため韓国に営業拠点の設置を検討していた企業から「韓国に現地法人を設立したい」と声がかかりました。悩んだ末、ベンチャー企業を友人に譲る決断をし、そこから、グローバル展開する分析機器会社でのキャリアがスタートしたのです。その後、縁があって、ナノフォトンの韓国法人のゼネラルマネジャーに就任しました。ナノフォトンは私のネットワークと技術的な経験を生かし、ビジネスを発展させていく可能性を秘めていると考えました。

──会社を経営するにあたり、難しかったことは何ですか?

技術主導の会社の創業者の多くは「新しいものを作れば買ってもらえる」と考えます。それが正しい時もあるかもしれませんが、多くは間違っています。また、技術を受け入れてもらうまでに非常に時間がかかります。だから、受け入れてもらうまで生き残らないといけません。

ベンチャー企業で経営している間、投資家からプレッシャーを受け続け、とてもストレスでした。私はビジネススタイルを変え、「お客さまの声」を大切にするよう心がけました。お客さまが欲しいものを、私の技術や経験、ネットワークを使って開発するようにしたのです。当時の経験が今も、役立っています。

──7月6日で、韓国法人の設立から4年です。

4年は長いですが、私たちのビジネスではとても短い時間です。なぜなら、私たちは製品を売るのに通常2~3年かかります。お客さまにコンタクトして、お客さんが予算を確保して、製品を売って……と。

しかし驚くことに、当社は4年で20台超の販売実績を上げ、ハイエンドラマン市場において韓国ナンバー1の会社になりました。私たちのラマン顕微鏡の性能のお陰です。お客さまがサンプルを測り、他社と性能を比較するといつも、「ナノフォトンの製品が欲しい」と言ってくれます。価格よりも性能で選んでくださいます。

──韓国経済はどのような状況ですか?

新型コロナウイルスの感染拡大で、非常に厳しい状況にあります。しかし幸いなことに、私たちの主要顧客はそれぞれの産業のリーディングカンパニーです。これらの企業は最新の製品を開発しなければならず、投資を止めてはいません。品質管理のために新しい分析機器が必要なのです。この状況は、私たちにとってチャンスです。

分野としては、第一に2次電池です。サムスンSDIとLG化学はモバイル2次電池市場のトップ2社で、現在は電気自動車の電池市場に進出しています。最近では、現代自動車がこれらの企業と電気自動車用電池を共同開発すると発表しています。

2番目にサムスン電子やLGエレクトロニクスなどの半導体業界です。メモリーチップはどんどん小さくなっており、ラマンが重要な鍵になっています。

最後はディスプレイ。これら3つは韓国が世界を引っ張っている分野であり、パートナーを求めています。ナノフォトンが日本企業であっても、一緒に働きたいと思ってくれています。

今後、産業分野だけでなく、大学の分析センターなど研究分野にも注力するつもりです。多くの教授や研究者、学生が私たちの装置を使えば、私たちの技術を広げる助けになってくれます。以前は、大学への導入は競合が多く期待していませんでした。しかし、判断が価格重視からパフォーマンス重視に変わっています。

──取締役としての抱負を

これまでのビジネス経験を共有し、貢献したいと考えています。昨年度、マレーシアとタイにデモ機を設置し、東南アジアへの展開もチャンスです。

──日本をどう見ていますか?

大好きです。政治的な問題とビジネスは全く別です。私たちは、個別の信頼関係で取り組んでいます。

6/24/20メルマガ第4号・藤田克昌・阪大教授インタビュー「不可能を可能に」

今回は大阪大学大学院工学研究科の藤田克昌教授を訪ねました。藤田教授はナノフォトン社を生んだ河田聡研究室の出身です。ラマン顕微鏡のバイオへの応用や最新の研究についてうかがいました。(メルマガ編集長・根本毅)

──河田研やナノフォトンとの関わりを教えてください。

インタビューに応じる大阪大学の藤田克昌教授

大阪大学の応用物理学専攻で学位を取得した後、京都府立医科大学で博士研究員をし、2002年に大阪大学の助手として着任しました。その時に、生体の細胞試料を染色せずに観察できる顕微鏡を作ろう、というテーマで研究を始めました。試料の染色は薬品で処理をして変えてしまうということですから、出来ればやりたくない。そこで、第2高調波発生(SHG)という現象を利用して、特定のたんぱく質が並んだ状態を観察できる顕微鏡を作りました。製品化されたのがナノフォトンの製品第一号の第2高調波顕微鏡「SHG-21」です。

SHGは特定の構造の分子に近赤外の光を照射すると波長が半分の光が出てくる現象で、ミオシンやコラーゲンが観察されます。例えば、コラーゲンは温度を上げると曲がりますが、そのような変化を染色せずに観察できます。

──当時、SHG顕微鏡は研究者の間でどのように受け止められたのでしょう。

無標識で見られるのはいいが、観察できる対象が限られているので、広くは普及しないなという印象でしたね。

──SHGの後にラマンの研究を?

はい。ラマン散乱を利用しても、染色せずに細胞を観察できます。2004年から研究を始め、ナノフォトンと連携してラマン顕微鏡を開発しました。画像を撮る速度を一気に数百倍にできたため、2008年の論文で、ゆっくり動いている細胞を撮影できると初めて示しました。がん細胞が分裂する様子です。

さらに、シトクロムcというたんぱく質を感度良く観察できることが分かり、論文で発表しました。当初は何が観察されているのか分からず、実験結果を理解するのに時間がかかりました。シトクロムcはミトコンドリアにあり、細胞の自殺である「アポトーシス」が起こる時にミトコンドリアから出てきます。アポトーシスの最後の引き金を引く信号になります。

シトクロムcがミトコンドリアから出て行くことは、蛍光染色の実験で知られていました。しかし、標識せずにシトクロムcの動きを観察したのは私たちの成果が初めてです。

また、シトクロムcはミトコンドリアで電子の受け渡しをしていて、酸化型と還元型の2つの状態をもちます。普通の蛍光染色では分子の位置が観察されますが、酸化還元状態の区別はできません。しかし、ラマン散乱を用いるとスペクトルの違いでそれらを区別できます。私たちの結果では、酸化還元状態の変化が起こらずにミトコンドリアから出て行くということが分かりました。

2012年の論文でしたが、アポトーシスという細胞の機能がラマン散乱を使って無標識で観察できたということが一番のインパクトでした。それまで、ラマン散乱は信号が弱くて、測定に時間がかかり、使うのが難しく、顕微鏡でうまく撮像ができるとは誰も思わなかったのですが、高精細な画像を示すことができたため、バイオロジーの役に立ちそうだという印象を与えることができました。この論文の後に、生物学や医学の分野の研究者から「こんなことも見えないか」などとかなり声をかけてもらいました。

──バイオへの応用はこの論文をきっかけに広がったということですか?

広がったと思います。私たちの論文の中では、この論文が一番認知度が高いと思います。

──具体的にどのような応用研究がありますか?

私たち自身の研究では、薬物への細胞の応答を観察することに使用しています。ミトコンドリアが機能障害を受けるとラマン散乱のスペクトルが変化するため、無標識かつ高感度に細胞の活性の変化を捉えられます。他には、がん細胞と非がん細胞の識別だったり、さまざまな細胞に分化できるiPS細胞やES細胞のスペクトルを測定して分化したかどうか判定することを目標とした研究などを行っています。

──藤田教授は顕微鏡開発や光計測が専門ですが、ラマン散乱を利用しているのは何故ですか?

何を見たいかによって、どんな顕微鏡を使えばよいのか違います。形を見たいだけならラマン散乱の他にも方法があります。特定の物質を見たい場合はラマンでもなかなか難しくて、観察対象に蛍光分子をつけて観察します。しかし、もっと複雑な、細胞の種類や、分化の様子、活性状態を分析しながら見るとなると、分光学が有効になります。

──最後に挙げた複雑な状態が見たいのですね。

そうです。それを見る顕微鏡がありませんでした。研究の目的は、不可能を可能にすることです。そのために物理的な理論研究もしますし、オリジナルな実験装置も開発します。開発した装置の応用例を示すところまでが目標です。ラマン散乱光のスペクトルは物質の情報を与え、顕微鏡による画像は空間分布を与えるものですが、両方の情報をきちんと取れる「ラマン顕微鏡」は世の中に存在しませんでした。

ラマン顕微鏡の開発や応用研究を続けていると、さまざまな可能性が出てきました。がんや分化状態の識別への利用は、違う分野の研究者たちと話をしながら進めてきました。複雑な生命現象を理解するには、これまでの方法で十分では無く、そのために研究が行き詰まっている面もあります。

──例えば?

今までの方法ではiPS細胞などの分化状態を細胞を傷つけずに評価することはできませんでした。特定のたんぱく質を染色して、その量を見たら評価できますが、染色した細胞は再生医療や創薬研究には使えなくなってしまいます。無標識で物質の情報を取得しながら細胞や生体を評価する方法として、今、ラマン散乱の活用が大きく注目されています。

──生物学でのラマン顕微鏡の利用は広がっているのですか?

徐々に広がっていますね。論文もうなぎ登りで増えています。「ラマン」と「細胞分析と診断」で論文を検索すると、この20年で10倍にはなっています。

──今、どんな研究をしていますか?

標識した分子をラマン散乱を使って観察することを試みています。ラマン散乱は分子を染色せずに分析できるのですが、標識技術との組み合わせでこれまで観察できなかった分子が観察できることが分かりました。従来の技術では、標識に利用する蛍光分子が大きく、小さな分子に付加すると、その分子の機能が変化してしまい、観察する意味が無くなってしまいます。しかし、ラマン散乱で検出する分子振動は原子が2個あれば生じるので、とても小さな分子を標識に利用できます。例えば、アルキンは炭素と炭素の三重結合を持ち、生体に含まれる分子とは異なるラマン散乱光を生じます。観察したい分子をアルキンで標識し、細胞内に入れると、その分子が細胞内のどこに行くか、どういう使われ方をするか観察できます。この技術は、私たちのグループが最初に発表し、それを利用した研究が広がっています。

──未開の地がまだ広がっていますね。

はい。私たちが研究しているのは、まだビジネスとしては成り立っていない内容ばかりです。バイオの分野では、分光学が十分には活用されてこなかったと思いますし、ラマン顕微鏡の高速化や高感度化、高解像度化など装置面での改善によりラマン分光法の応用がさらに広がります。装置開発についても注力しています。

【編集後記】
私は大学院で生物物理学を専攻していたため、藤田教授の話をとても興味深くお聞きしました。現役の研究者の方は「こんなことができるかも」といろいろと考えたのではないでしょうか。これからも不可能を可能にする挑戦に期待しています。(メルマガ編集長・根本毅)

6/10/20メルマガ第3号・熊本康昭・阪大助教インタビュー「ラマン顕微鏡の医療応用」

医学や生命科学の発展はさまざまな顕微鏡の発明が支えています。光学顕微鏡や電子顕微鏡の登場で細胞の存在や構造が明らかになり、2017年のノーベル化学賞も「溶液中の生体分子を高分解能で構造決定できるクライオ電子顕微鏡法の開発」に贈られました。では、ラマン顕微鏡の医学分野への応用は? 生体試料の測定に取り組む大阪大学大学院工学研究科の熊本康昭助教に聞きました。(メルマガ編集長・根本毅)

──ナノフォトンの技術顧問を務めていらっしゃいます。創業者の河田聡会長(大阪大名誉教授)とは知り合って長いのですか?

インタビューに答える大阪大学の熊本康昭助教

大阪大工学部の4年生だった2005年4月に、河田先生の研究室に配属されました。その後も大学院生、研究員として所属し、2015年から4年間は京都府立医大に出ました。今は河田先生の後任の藤田克昌教授の研究室にいます。

──ラマンに関して、どのような研究を?

ラマンに最初に関わったのは、学生の時の近接場ラマン顕微鏡です。ナノフォトンの先端増強ラマン散乱顕微鏡「TERSsense」につながる研究です。その後、博士課程の時から、紫外光で励起したラマン散乱の研究に携わりました。ラマンは基本的に信号が弱く、可視光や近赤外光では測定に時間がかかったり、たくさんある分子しか見えなかったりという問題があります。紫外光を使うと、共鳴ラマン散乱という現象を利用して感度良く分子を検出することにつながります。

紫外光が試料に与えるダメージをいかに減らし、いかに信号のロスなく検出するか。レンズや分光カメラ、光源などの装置をどのように組めばいいか研究しました。こうした研究の延長に、ナノフォトンの紫外・深紫外ラマン顕微鏡「RAMANtouch vioLa」があると思っています。

──紫外光を使うメリットは他にもありますか?

物質に光を当てると、散乱光より強く発光が出てきます。見たいラマン散乱がちゃんととれない問題が生じることがあるのですが、紫外光を励起光として使うとラマン散乱と発光の波長をずらすことができます。他にも、波長が短いため、半導体の表面だけを分析する時に都合が良かったり、空間分解能が良くなったりというメリットがあります。

──生体試料の研究についてお聞かせください。

博士論文のテーマが生体の深紫外ラマンでした。ラマンや深紫外の応用研究がしたくて京都府立医大に行き、細胞分子機能病理学の研究グループで末梢神経を検出するためのラマン分光装置の開発に取り組みました。ラマンの医療応用は、日本ではそのグループが先駆者として始めていた感じで、その他にはほとんどやられていませんでした。

──末梢神経の検出とは?

例えば、がんの摘出手術では、がんの周りの重要な組織を切らないことも大切です。その重要な組織の一つに神経がある。神経と他の組織を見分ける方法は今でも目視が一番多いのですが、神経の細さが1ミリ以下になると血管や結合組織などとの判別が難しいそうです。手術中にラマンを使って神経と類似する組織を組成の違いで判別できないかと研究し、判別は可能になりました。今も臨床応用に向けた研究開発を進めています。

組成が違う物をラマンで判別できるという事実は、医学に限らず重要なことです。ラマンというと、スペクトルのピークがシフトするとか、消えるとか、はっきりした違いがあることを期待して使うことが多かった印象です。一方、神経の判別では一見、スペクトルが同じにも見えます。しかし、スペクトル解析を使って分析すると9割以上の正確性で神経とその他の組織を見分けられるようになりました。ラマン分析の網羅性を生かしたこういう使い方は、特に応用分野ではメジャーではないと思います。

──今はどんな研究を?

ラマン顕微鏡の高スループット化を図っています、たくさんの細胞をできるだけ早く分析するというような装置の開発です。ラマン以外にも、紫外光の分光イメージング法の開発に取り組んでいます。ラマンほど得られる情報は多くありませんが、効率がいいため速さのメリットがあります。紫外というとダメージがあるのではとよく聞かれますが、照射光量は少ないため実はダメージも出にくい。ラマンと紫外の両方からアプローチしています。

ラマンの大きなメリットは二つあります。一つは、網羅的に見られること。検出感度を上げていけば、原理的にはラマンスペクトルには試料に含まれる分子全ての情報が含まれているはずなんですね。紫外は吸収があるものしか見られないとか、どうしても限りがある。もう一つは、ラマンの方が微量な分子の構造変化などを反映して、スペクトルが変化してくれる。例えば、分子の酸化還元状態の変化もしっかり把握できます。

──他にも医療応用の研究をしていたら教えてください。

京都府立医大と北海道大と共同で、脂肪肝の測定をしています。脂肪肝にもいろいろあるのですが、その評価や病気の進行の予測などをラマンでできるのではないかと期待しています。動物実験のレベルですが良い結果が出ており、ラマンが脂肪肝の治療に将来役立つかもしれません。

今の医学は、基本的に病理画像を見て形態的な異変があるかないかで診断しています。しかし、形態的な変化は最後で、その前に機能の変化や分子の変化が起きています。その変化をラマンだったら読み取れる可能性があります。

──ラマンの面白さって何でしょう?

分子や物質そのものを見ているところですね。蛍光標識をたんぱく質につけて細胞内の位置を見ることがありますが、ラマンの場合は直接、分子の情報を得ます。「この分子を見ている」と言える。そういうところが面白いと思います。

私は装置開発をしていますが、性能をもっとよくできると感じています。分解能を上げるとか、速くするとか、検出感度を良くするとか、ここだけを伸ばしたいと特化したら、今まで取れなかったデータを取れるようにできると思います。ラマンにはまだまだ可能性があります。

【編集後記】
阪大の熊本さんへのインタビューで、ラマンの面白さをお聞きした時の言葉が印象的でした。「分子や物質そのものを見ているところ」。私なりに、その言葉を次のように解釈しました。街を歩く人たちを観察する時、蛍光染色では1人1人が同じ点にしか見えないが、ラマンなら身長や性別などそれぞれの個性が分かる。そう考えると、確かに面白そうです。(メルマガ編集長・根本毅)